最近の息子と、約一年の振り返り

なんだか、今日は寝付けないので。


熱を出して、薬を飲んでから、そのまま夜泣きがほとんどなくなった。寝入りと夜明けくらい。
眠れるって素晴らしいですな!
それと並行して、噛み付きがなくなり(パパに、そう言えば…と言われて気付く)、混乱や癇癪も減った。なんだか、少しずつ会話も成立してきている。ここのところ、
「ママだいすき」
「ママ、みて〜」
とか言うようにっ

眠れるから落ち着いたのか、落ち着いたから眠れるのか。
アスペとわかって、少しずつだが、息子に合った接し方が出来るようになったのか、それとも年齢的なものか。
わからないけれど、あまりにも、目まぐるしい成長に、担当の保健師さんもだが、パパもわたしもびっくりしている。


目まぐるしい成長といえば。親子教室に通ってから、1年が経過していた。
1年前。息子は決まった道しか歩かず、それまでおとなしく座っていたバギーでも反り返り、バギーの金具を壊すほどだった。
言葉もまだなく、意思の疎通も出来ず、混乱や癇癪も一日中、といった感じ。人見知り、場所見知りもひどかった。


親子教室に通うようになってから、言葉を話すようになり、お返事が出来るようになり、彼は決まったプログラムをこなすことが向いていると気付いた。


その後、今の教室に。入会後も疎いわたしは息子に障害の疑いがあることに気付かず。普通に3年保育で春からは保育園に入れるつもりでいた。


保育園申し込みに障害児枠があることを知り、慌てて保健師さんに電話。そこで、息子に障害の疑いがあることに気付く。そして息子は本当は2年保育で、就園までは療育を受けた方がいいが…と言われて気持ちが揺れる。
その頃の息子。だいぶ名詞は話すが、会話には程遠く。こだわりが強く、前よりは緩和されたが、思い通りにいかないと混乱した。ただ、わたしがいないとおとなしかった。


家庭の安定は子どもにも大事、子どもには一番いい進路を選ぶべき。全く違う専門家や先輩の意見に悩み、保育園の見学で息子のことに気付かれ、中には差別的な園もあり。
保育園申し込み後の経験保育で、意外と大丈夫そうな息子を見て、でもお友達の問いかけには答えず「ゆうれいだ」と言われて。
倍率の低い市営住宅に申し込みつつ、外れたら保育園ということしか、選択肢はなかった。
この頃の息子、まだ横ばい。しかし、障害なのか、グレーの判断のまま、3歳を待つしかなく。一体、この子はどんな診断が付き、どんな療育が必要で、進路は何処が一番いいのか…わからなかった。けれども、もう、タイムリミット。


しかし、市営に当たり。3歳を待って、診断を待って、療育や進路を決めることが出来た。


4月。引っ越し先の療育センター初診での、異例の診断確実(通常、初診では診断名は出ない)。10月以降の療育開始、進路は幼稚園、並行して療育を週1回がいいとわかる。
息子、今まではやられっぱなしキャラだったが、噛み付き、押し、つねる。


そして、今。
突然、成長した。そう、いつも息子の成長は、横ばい→最悪→急成長。
よく考えると、広汎性発達障害の特徴まんま。
そして、わたし。息子の出来ないことより、出来たことに気付けるように。
それは息子も嬉しそう。



結果として、2歳でも3歳でも保育園に入れていても大丈夫だった。
けれども、そうしたら、息子の特性に気付いてはいなかったし、療育も十分に受けられなかった(今の地区の療育センターは、就園児は現実的に月1回程度しか通えないのだ)。

だとしたら、もしかして、わたしは息子に相変わらず暴言を吐いて、嫌になって。
息子はうまくいかなくて癇癪や混乱もあったのかも知れない。もっと言えば、アスペの悪い育てかたの例のように、認められない悪循環に陥っていたかも知れない(逆にただちょっと変わったやつで済む可能性も否めないが)。




結果オーライ。早期療育バンザイ(そうでもないか)。
保健師さん、教室のみんな、療育センターの先生、素晴らしい出会いに乾杯。
そして、どうしても2年保育にこだわった、おかんの野生の勘にグッジョブ。
そして、何より、息子の頑張り、最高!


息子の人生がよいものになれば、多少の遠回りや、わたしが見下さることなんて、たいしたことない。


これからも偏見の目もあるだろう。軽度だから、尚更。
毎日明るく、なんて、きれいごとは言わない。だって大変だもの。人間だもの。

泣いて怒って落ち込んで。そんな中で、息子に癒されて。こんな人生も、悪くないよ。